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東京地方裁判所 平成元年(わ)2038号 判決

②事 件

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中九0日を右刑に算入する。

この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、いずれもDに対し、

第一  平成元年四月七日ころ、東京都台東区〈住所省略〉喫茶店「○○コーヒー」店舗内において、通話可能度数を一九九八度に改ざんした日本電信電話株式会社(以下、NTTという。)作成に係る通話可能度数五0度のテレホンカード二枚を、その旨を告げて手交し、

第二  同年四月八日ころ、同都足立区竹の塚〈住所省略〉「○○」竹の塚店において、通話可能度数を一九九八度に改ざんしたNTT作成に係る通話可能度数五0度のテレホンカード二九二枚を、その旨を告げて一枚三000円で売り渡し、

第三  同年四月一四日ころ、前記喫茶店「○○コーヒー」店舗内において、通話可能度数を一九九八度に改ざんしたNTT作成に係る通話可能度数五0度のテレホンカード五0枚を、その旨を告げて一五万円で売り渡し、

第四  同年四月二七日ころ、前記喫茶店「○○コーヒー」店舗内において、通話可能度数を一九九八度に改ざんしたNTT作成に係る通話可能度数五0度のテレホンカード三00枚を、その旨を告げて七五万円で売り渡し、

第五  同年四月二八日ころ、前記喫茶店「○○コーヒー」店舗内において、通話可能度数を一九九八度に改ざんしたNTT作成に係る通話可能度数五0度のテレホンカード一000枚を、その旨を告げて一枚三000円で売り渡し

もって、その都度、行使の目的をもって変造有価証券を交付したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(争点に対する判断)

弁護人は、(1)本件テレホンカードには作成者の特定がなされているのか否か不明であり、名義人をNTTと断定しうるか疑義がある。(2)有価証券というためには権利の行使が取引上人によって認識される必要があるが、本件テレホンカードは電話機に組み込まれた判読機械により電磁的記録を読み取らせることによって電話を使用できる状態に置くもので、いわば事務処理上の判読機械にアクセスする手段、道具でしかないから、行使性にも問題がある。(3)テレホンカードが金券ショップに出回っているのは、デザインされた絵柄に転売価値があるためであるから、流通の実情をもって有価証券としての流通性を有しているとはいえない。テレホンカードには以上のような問題があり、その機能に着目すれば法的保護の対象となるのは電磁的記録部分であり、カード上に表示されている文字は使用上での注意書きでしかないから、文書性に問題があり、刑法の有価証券とはいえないし、更に被告人には行使の目的もあったとはいえないから、被告人は無罪である旨主張する。

しかしながら、刑法一六二条に有価証券とは財産上の権利が証券に表示され、その表示された権利の行使につきその証券の占有を必要とするものをいうところ、本件のテレホンカードはNTTが設置するNTT指定の公衆電話の電話機(カード公衆電話機)を使用して電話サービスを受けうる財産上の権利を表象し、その権利の行使に同カードの占有も必要とするものであるから、刑法にいう有価証券に該当するものというべきであり、かつ前掲証拠によれば被告人につき行使の目的についても欠けるところがないと認められる。

以下、弁護人の主張に沿って付言する。

まず、テレホンカードには少なくもテレホンカードであることが表示され、また、数字、パンチ穴により一応の通話可能度数が示されるほか、同カードをカード電話機に挿入することにより極めて容易に正確な通話度数を知り得るところ、同電話機の設置はNTT以外になく、NTTの設置運用にかかるテレホンカードシステムの中でその電話サービスを受ける仕組みとなっているのであるから、同カード上のNTTの記載の有無や同カードの種類にかかわらず、その義務者がNTTであることが明らかであり、従って、権利行使の名宛人が特定されている以上、有価証券としての名義の点に欠けるところはない。もっとも、NTT以外に株式会社テレカ及び株式会社関西テレカもテレホンカードの内いわゆるデザインカードの販売業務等を行っているが、もともとテレホンカードの販売は、第一種電気通信事業者であるNTTが定め、電気通信事業法三一条に基づき郵政大臣の認可を受けた電話サービス契約約款一五六条の規定に基づくもので、右テレカ等での販売等においても、磁気記録部分すなわち電話サービスを受けうる部分についてはNTTが販売する業務を留保して委託しているというのであるから、前示のように解する妨げとなるものではなく、前示(1)の主張は理由がない。

また、流通性は有価証券において不可欠な要素ではないし、テレホンカードが流通しているのは金券ショップのみに限らず、その理由もデザインの付加価値のみによるものでもないことは、デザインのないいわゆるホワイトテレホンカードが金券ショップに出回っていることやテレホンカードが日常気軽な贈答品や記念品等として使用されたりしていることに徴しても明らかであるから、右(3)の主張は流通実体の一面のみを前提とするものでもあり、理由がない。

次に、行使性の点についてみるに、有価証券の行使とはその用法に従い真正なものとして使用することをいい、これをもって足りるのであり、従って、変造したテレホンカードを真正なものとして他人に対し譲渡することはもとより、その本来の用法に従いカード電話機に挿入して使用することも有価証券の行使に該当するものというべきである。

すなわち、本件テレホンカードはすべて五0度表示のものの磁気情報部分を改ざんして残度数を一九九八度に変造したもので、その表裏に記載の文言に何ら変更を加えていないが、テレホンカードの使用可能度数はこれを使用しない状態ではカード表裏に記載の文言とパンチ穴の有無、位置によって示され、磁気部分の情報と一致するのが常態とはいえ、正確な、すなわち現実に利用可能な度数は磁気部分の情報によって決せられ、かつこれはカード電話機に挿入して容易かつ正確に確認できるのであり、このことは広く知られていたのであるから、変造テレホンカードの存在が一般に知られていなかった本件犯行当時においては、両者が食い違う場合何らかの都合によりこのようなカードが正当なものとして存在するとして信をおく者も、またこれを利用して譲渡する者も当然ありうるところであり、従って、そのような譲渡が行使になることに疑いの余地はない。

また、電話機への使用の点についてみても、有価証券の本質は証券への権利の化体性とその行使に証券の占有を要する点にあり、すなわち、有価証券制度に対する信頼は権利が証券に化体され、証券を所持する者を権利者と認め、所持しない者は権利者と認めないところにあり、それ以上にその権利行使の方法が直接人に対するか、機械に対するかによって根本的に左右されるものではない。しかも、この場合に機械とはいっても、人が権利実現の方法として規定しているのであり、テレホンカードにおいては、NTTが前示のようなカードシステムの中で、電話サービスを受けうる権利をカードに化体させるとともに、真正なカード以外のカードを排除するための暗号や通話可能度数情報等権利を実現し、かつ考えうる偽変造カードの排除策を磁気部分に情報化し、これをカード電話機の判読機械に読み取らせることにより、真正な権利の実現を図ろうとしているのであり、なお、その方法が人に直接行使する方法より劣るともいえない。従って、有価証券においては、その「行使」は直接人に対する使用のみに限定する理由はなく、テレホンカードをその本来の用法に従いカード電話機に使用すること、すなわち右の予想を超える手段、方法を講じて作動させ不正に権利の実現を図ることも「行使」に当たると解して妨げないものというべきである。

また、有価証券に文書性を要することを前提としても、以上に指摘の他、テレホンカードにおいて、その権利化体性の本質が磁気部分にあって、これが権利の内容と量を規定しており、カード表裏に記載の文字等は権利そのものではないにしても、前示のとおりこれが当該カードの権利の内容や量の一応の情報を提供するほか、カード電話機に挿入すれば極めて容易に正確な情報が示されるのであり、これにより同カードの発行者、販売者、取得者等の関与者が当該カードの権利化体性と量を知り、取引や権利行使の円滑、信用が確保されるのであるから、同カードに一体となったこれらの外観はいわば文書性を補完しているものとみることができる。

以上説示のとおりであるから、テレホンカードが文書性の点で有価証券とはいえないとの弁護人の主張は採用できない。

更に、被告人の行使の目的の点については、被告人は本件においては判示のとおり大量の変造テレホンカードを扱い、これを転売してその利鞘を稼ごうとし、またその前提で交付したもので、その際、同カードが一九九八度数まで使えるものであることを説明するのみで、それ以上にその使用、処分方法等に何らの限定をすることはなく、その後右大量のカードがいかなる流通過程を辿るかはすべて譲受人に委ねていたことが明らかであるから、同カードが最終的にはカード電話に使用されるであろうことを予想していたことはもとより、前示のような本件犯行当時の状況等に徴すれば、同カードを真正なものとして譲渡することがあることも予期、容認していたものというべきであり、従って、行使の目的に欠けるところもない。

その他の点を考慮しても、弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

一  罰条

判示各所為につき 各包括して刑法一六三条一項

一 併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一0条(犯情の最も重い判示第五の罪の刑に加重)

一 未決勾留日数の算入 刑法二一条

一 刑の執行猶予 刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は判示のとおりの変造有価証券交付の事案であるところ、前後五回にわたり、大量の変造テレホンカードを交付しており、態様が悪質なうえ、借財返済の意図があったにせよ、安易な金儲けの手段として犯行に及んだ動機に格別斟酌すべき点はなく、テレホンカード、ひいてこの種プリペイドカードシステムに対する信用を害する危険性を拡散する反面、相応の不法な利益をも挙げているのであって、この種犯罪の模倣性が高いことをも考慮すると、犯情は甚だ良くなく、その刑責は重いが、被告人が交付したカードの大部分が押収されていること、深く反省し、手元の残存利得一八万円を贖罪寄付していること、相当期間勾留されていること、さしたる前科がないこと、知人らが更生に協力する旨述べていること等有利な情状も認められるので、これらを総合考慮し、今回に限りその刑の執行を猶予するを相当と認め、主文のとおり量定した。

(求刑 懲役三年)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官田中亮一)

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